珈琲店の老紳士

レトロなカフェで紳士風の老人が、若者について語っている。彼は大半の年寄りがそうするように、「近頃の若いもんは」なんてことは言っていない。高校二年生で部活に打ち込む、青年の話を誇らしげに語っている。彼にとって、若さは誇らしいものであるのだろう。きっと彼にも他人に誇れる若かりし頃があったに違いない。思い出すこともない青春時代を送り大人になった人間は、青春を謳歌している未来のある若者を妬む。うらやましがり、蔑む。嘆かわしいことだ。哀れである。カウンターで楽しそうに話す彼は、若者の話を通して、人間を語る。情熱家、感動の源泉、体を動かすことの素晴らしさ。そしてそれを語る彼について、今僕はここに語る。

                          2018年3月5日

 

今までの記事は、携帯やらパソコンやらに残っていた昔のものなので日付をつけてみました。

当たり前かもしれませんが、まだまだ自我がはっきりとしないので、今とは考える事が全然違うこともあります。

逆にそれが面白かったりすることもありますよね。

こんなこと考えてたんか。って。

いままで残していたものを全部吐き出したら今度は、今の自分の言葉を吐き出して、自分の中身を更新していければと思います。

                                                                                   kuroi yu

渋谷に行っても、自由は手に入らない。

渋谷で降りる。あのでかい交差点で立ち止まる。じろじろ見つめられる外国人がいる。そしてその人たちは眺めている。交差点ではなく、その上にたまる空気を。渋谷に来た不思議な人たちの吐く、数秒前に肺の中で絞られた、生命の残りかすを。

あの街にいる人たちは、違う街では違う性格だ。

道玄坂を上ったら、そこには自由がある気がしてた。

 

 

渋谷に行っても、自由は手に入らない。

月で生まれたら

色々なものを得て、色々なものを失いました。

色々なものが過ぎていき、色々なものを忘れました。

なぜかわからないけど、とても悲しいのでたくさんたくさん泣きました。泣いた後に残ったのは泣いたという事実だけでした。

あぁ、月で生まれたら、こんなことにならなかったでしょうか。

いえ、きっとこうなっていたでしょう。

僕の心は、月の表面の様にボコボコとしています。

地球の表面の様に、ボコボコしているのです。

探し物

5つの時に探していたものを、19になって見つけた。僕が見つけたものには、これは僕が探しているものと書いてあった。今僕は21だけど、探し物は前より増えた。5つの時に探していたのは、たったひとつだったのに。じゃないと嘘がまた増える。全部嘘なら全部見つかる。でも全部なんてものは有り得ない。だから全部見つかることはない。これは僕が探しているもののうちの、1つ。

東京駅とスーツ

東京駅の喫煙所にいる42人のうち、4人を除いてみなスーツを着ていた。38人のうち何人が幸せだろう。何人が死ぬときにお寿司のことを考えるだろう。4人のうち何人が歌うだろう。歌った人の声は何人に届くだろう。たくさんの電車と、たくさんの煙に囲まれて、働く人の体を囲むスーツ。どれだけの何がここにある?東京の中の東京駅。その中の喫煙所。その中に浮かぶ38のスーツと、ネクタイに絞めつけられた幾つかの首。その首の中に流れる血が、僕は好きです。

ファミレスとスーパー

どちらでもよかった。右に曲がっても、左に曲がっても。だからどちらにも曲がらなかった。立ち止まっていると後ろから人が歩いてきた。二人組だった。だから僕は右に曲がったんだ。

ファミレスが好きだから、スーパーも好きだった。ネギを袋にさして、家に帰るんだ。家についたらさ、冷蔵庫に買ってきた野菜をしまって、そして僕はファミレスに行こうと思うよ。

 

 

こんにちは

黒井 ゆうです。

 

何をやっていても、どうしても難しく考えてしまう性格で、ごちゃごちゃとした考

 

え事をよく紙に書きだすのですが、それが誰かの暇つぶしになればと思いブログをつく

 

ってみました。

 

読んでくれた人に少しでも何かいいことがあれば、いいなぁ。